大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(ワ)11260号 判決

原告 甲野花子

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 伊藤伴子

同訴訟復代理人弁護士 古閑孝

被告 乙山松子(旧姓甲野)

右訴訟代理人弁護士 鈴木圭一郎

同 鈴木和雄

主文

一  被告は原告らに対し、それぞれ金二〇万円及びこれに対する昭和六一年九月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その二を被告、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年七月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告甲野花子、同甲野春子(以下「原告花子、同春子」という。)は訴外甲野一郎(以下「一郎」という。)の母、姉である。

(二) 一郎と被告はもと夫婦(婚姻届出―昭和五九年八月二〇日、判決による離婚―判決確定日昭和六一年一〇月一四日、届出日同年一〇月二〇日)であった。

2  被告は、昭和六〇年七月一二日、原告ら及び一郎を被告として、東京地方裁判所に対し離婚等請求の訴(同裁判所同年(タ)第三一七号事件、以下「前件訴訟」という。)を提起し、原告らに対し、原告らが一郎と共同してまたは一郎に積極的に加担して一郎、被告間の婚姻を破綻させたとして、慰藉料金五〇〇万円の支払を求めたが、同裁判所は、昭和六一年九月二九日、原告らに対する請求を理由なしとして棄却する旨の判決を言渡し、控訴期間の経過により右判決は確定した。

3  被告の責任

被告は、原告らが一郎と共同して若しくは一郎に積極的に加担して一郎、被告間の婚姻を破綻させたものではないことを知りながら、または十分な事前調査を行えば容易に知りえたにも拘らずこれを怠り、前件訴訟の提起、維持に及んだものであるから、被告は原告らが被った後記損害を賠償すべき義務がある。

4  原告らの損害

被告の前件訴訟の提起、維持によって、原告らは、弁護士費用として合計金一〇〇万円(着手金五〇万円、報酬金五〇万円)を支出するなど昭和六一年九月二九日の判決言渡日まで多大の精神的苦痛を受けた。

原告らの被った精神的苦痛を慰藉するには、それぞれ金一〇〇万円をもってするのが相当である。

5  よって、原告らは被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ慰藉料金一〇〇万円及びこれに対する前件訴訟提起日である昭和六〇年七月一二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3、4は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  被告の責任について

右争いのない事実によれば、被告の原告らに対する前件訴訟は、結局、被告の主張は理由がないものとして、被告敗訴に帰したものであるが、右訴訟行為が不法行為にあたるか否かは、提訴の動機、目的、提訴に至るまでの経緯等諸般の事情を総合して、提訴に及ぶことが社会通念上著しく不当な場合にあたるか否かによって決すべきものと解するのが相当である。

そこで、被告の提訴が著しく不当であったか否かについて、以下検討する。

《証拠省略》を総合すれば、被告が、原告らが一郎と共同してまたは一郎に積極的に加担して一郎、被告間の婚姻を破綻させたと信じた根拠及び前件訴訟の提起の経緯等は次のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

1   被告は、昭和五九年一一月七日、一郎と相談のうえ、一郎経営の飲食店「甲飯」の手伝をやめて他に働きに出ることを決めたところ、原告らが、同年一一月九日ころ、これに強く反対したため、一郎も原告らに同調するようになったこと。

2  一郎は、自己の意思で、同年一一月二二日ころ、被告の言動に不信感を抱き被告と離婚する意思を固めたこと。

3(一)  一郎は被告に対し、同年一二月四日、「原告らが店を手伝わない女とは別れろと言っている。」旨述べたこと。

(二)  なお、原告らが右発言をしたことは、本件全証拠によるも認められない。

4  原告花子は仲人である訴外丙川竹子に対し、同年一二月五日、一郎、被告間の婚姻関係(離婚話を含む。)について相談したこと。

5  一郎は、同年一二月一三日、婚姻生活の本拠である東京都《番地省略》所在のアパートから被告を残して出て行ったが、その後、原告花子は被告に対し、再三、経済的理由(家賃支払の負担)で右アパートからの退去を要求したこと。

6  原告春子は、一郎から頼まれて、昭和六〇年一月八日、右アパートに一郎名義の預金通帳、印鑑及び健康保険証を取りに行ったこと。

7  原告春子は、一郎から頼まれて、同年一月二七日、右アパートにウイスキー二本を取りに行ったこと。

8  原告春子は、一郎が右アパートから家財道具等を運び去った同年二月三日、手伝に行ったこと。

9  一郎は、右アパートを出て行った前日である昭和五九年一二月一二日、ダンスサークル「丁原会」の忘年会に被告を誘い、被告はこれに同伴したこと。

10  被告は、前件訴訟の提起等を弁護士に委任したが、原告らを被告とすることについては、弁護士の勧めではなく、被告の強い意向があったこと。

右認定事実によれば、被告が、一郎と共同してまたは一郎に積極的に加担して一郎、被告間の婚姻を破綻させたとして原告らを被告として前件訴訟を提起、維持したことは、原告らの言動を邪推したもので、短絡的かつ事前調査不十分であり、軽率の謗を逸れず、社会通念上著しく不当といわざるをえない。

三  原告らの損害について

《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

原告らは、被告の前件訴訟の提起維持に対して応訴を余儀なくされたことにより、弁護士費用として合計金一〇〇万円(着手金五〇万円、報酬金五〇万円)を出捐し、かつ、少なからぬ精神的苦痛を受けたこと。

前件訴訟の事案、被告の不法行為の過失の軽重、態様、その他一切の事情を考慮すると、原告らに対する慰藉料としてはそれぞれ金二〇万円をもってするのが相当と考える。

四  遅延損害金の起算日について

原告らは、遅延損害金について、前件訴訟提起日である昭和六〇年七月一二日から求めているけれども、原告らの求める慰藉料は判決言渡日までの前件訴訟の提起及び維持を対象とするものであるから、遅延損害金は、前件訴訟の判決言渡日である昭和六一年九月二九日から起算するのが相当である。

五  以上によれば、原告らの本訴請求は、それぞれ慰藉料金二〇万円及びこれに対する前件訴訟の判決言渡日である昭和六一年九月二九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉了造)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例